酒害家族(アルコール依存症との戦い)

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精神病院から内科へ転院

GW中から発熱が続いていた義父。
肺から酸素が漏れているような音がするので一度内科を受診してほしいと病院から連絡がありました。
外出届をもらって内科受診すると義母が義父の姉と出掛けて行った朝。

昼過ぎに戻ってくると

「パパを退院させたから!
肺炎が治るまで内科に入院させて、治ったら同列のグループホームに入れる事にしたから!」

えっ?

話しの急展開についていけず、しばしぽか~んとしてしまう。

話を要約すると

義父は軽い肺炎を起こしていた。
本来は精神病院から外出届をもらって内科を受診したら精神病院へ戻る予定だった。
内科受診した病院は昔から義父を知っている医院長の病院。
+内科のある病院は義父の姉がそこへかかるように言った病院(本当は違う病院へ行くはずだった)
内科のある病院は同系列で老人ホーム等を経営しているので肺炎が完治後はそちらへ転院。

という流れです。
受け皿があるのならいいじゃないかと思われるかもしれませんが、義父の様子次第ではうちでは預かれませんと言われたらそれまでです。

精神病院よりも入院費も上がるらしく、なのに相談なしに何故決めたと聞くと捨て台詞のように

「あの子(私にとって義姉)が入院費は払ってくれるって言ってるんだからあの子に泣きつくしかないわね」

確かに義姉はお金に余裕のある生活をしています。
けれど今までも何かにつけては援助してくれていて、入院費のことも、私達の会社が大変だと知っているから援助を名乗り出てくれたわけで。
普通の親だったら、娘に迷惑をかけるのなら最小限に抑えようと思うものではないでしょうか?
でも義母の考えは違うんです。
お金もってるんだから出してもらえばいい。それの何が悪い。そういう考えなのです。

前から思っている事でしたが、私は義姉が気の毒でなりません。
こんな親で可哀想。

会社が大変でも、自分達が事業に失敗していても、もう自分は知らない。子供に任せたと言える人です。
申し訳ないという感情はないのでしょうか?
どんなことでも自分に出来る事を見つけて役にたというという考えはおこらないのでしょうか?
自分の事しか考えない。
自分がどう楽しく楽に生きて行けるかしか考えていない。

義父の長年のDVから解放された義母はどこでどう間違ってこういう人になってしまったんだろう?
義父が精神的におかしくなってしまった理由の一つに義母の人間性もあるんじゃないかと思う。
義母がまっとうな人だったら、義父はあんなに狂う事もなく、今でも普通に家にいられたんじゃないだろうか?
諸悪の根源は義父ではなく義母なのではないだろうか・・・

最近、そんな風に考える。
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# by al-anon | 2013-05-08 17:30 | 病院

精神病院への転院

酒害に苦しんでいる人が検索してこのブログを読んでくれている。
全然更新せずすみません。

今までのことを丁寧に書こうとすると時間が足りず、つい更新をしそびれてしまいます。
なので、とりあえずいまの現状を更新しようと思います。

義父はアルコール依存症の強制入院から現在は精神病院へと転院しています。
強制入院した病院からは、やはり3か月という期間を厳しく提示され、それまでに転院できる病院を探すか自宅療養を迫られました。

役場や相談センターなどに相談に行きましたがやはり難しく。
病院をいろいろあたってみるものの、アルコール依存症という病気は周りの人に迷惑がかかるので普通の病院では受け入れられないと言われました。
軽い痴呆も入っている旨をつたえると、養老ホームなどを勧められましたが、この手の場所もやはりアルコール依存症という病気をもっている人を受け入れる事はできないと言われました。

探して探してようやくみつけたのが精神病院。
知人の力添えもありこちらへ転院することが出来ました。

が、この病院も強制入院と言う形では3か月しか置けないので一度退院して再入院するか他の病院をあたってくれと言われました。
そこをなんとかならないのかと何度も相談に行くと任意入院なら大丈夫なので本人の意思で入院するのならば・・・ということになり。

もちろん義父が首を縦に振る事は難しく。
院長、ケースワーカー、義父、義母、夫、わたしでの話し合いは難航しました。
けれど最後には

子供には法律上、親の面倒を見る義務はない。
けれど夫婦間においては配偶者の面倒をみる義務がある。
よって離婚をすれば誰も法律上義父の面倒をみなくてもいい。
(この時点で義母は退院した後の義父の面倒をみることはできないので、
どうしても義父が退院してくると言うのなら離婚すると言いました)

そうなると生活保護をうけ一人で生活をするか
このまま入院を続けるしか選択肢はないんですよ。
ということを義父は言い聞かせられ、任意入院を受け入れました。

私達が冷たい人間だと思う人はきっと沢山いる事でしょう。
けれど私はこの選択が自分の人生において間違っていると思っていません。
私には子供がいる。
守りたい家庭がある。
なにより毎日夜が来ることに怯えたくない。
誰かが怪我をするかもしれない。死ぬかもしれない。
そんな恐怖に毎日さらされながら生活したくない。
その為に人に後ろ指を指されようが、義父に恨まれようが後悔しない。

義父にとってもたった一度の人生。
だけど私にとってもたった一度の人生なんです。

どちらが重いのか分からない。
比べること自体がおかしいのもわかってる。

だけど、わたしは後悔なんてしない。
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# by al-anon | 2013-04-13 23:33 | 病院

強制入院というもの

強制入院した義父。

入院して一週間ほどはアルコール依存症の症状が強く出て
幻聴、幻覚、手足のしびれ、言動の凶暴性がみられ
外側からしかあかない鍵付の個室のベッドに手足を縛られた生活を送っていた。
必要に応じて手足を拘束するという事は、強制入院を承諾する時に一筆書かされている。
食事もストライキを起こして食べないという状況。
食事をとらないので点滴も何度かうけた様子。

家族に対して、特に義母に対しての不満が毎日こぼされているらしい。
誰が俺をここに入れたんだ!なんで俺はここにいるんだ!
何度病院の人が説明してもすぐに忘れてしまい何度も同じ質問を繰り返す義父。
アルコール依存症の他に、痴呆の症状がみられるといわれる。

強制入院というのは法律上、長くて3ヵ月しか病院に置けないらしい。
まして今回入院した病院はアルコール依存症の専門病院であり、症状をよくするための人の病院である為、アルコール依存症患者が病気を克服するために勉強をするところということ。
なので、その勉強が出来そうにないと判断された義父を長くこの病院に置いておくことはできないと言われる。
最長で前出のように3ヵ月・・・ということ。
まだ入院して2週間もたたないうちから一時退院などの要望が病院側からなされる。
年末年始は一時退院してご自宅で過ごされたらいかがでしょう?

もちろん首を縦に振れるわけがない。

ただ、こういう話し合いも義母が病院へ行ってしている為、なかなか埒があかない。
何故なら、義母は共依存の人だから。依存心の強い人だから。
病院側から言われたことをただ聞いてきて自宅に帰ってきてからどうしましょう・・・と嘆くだけ。
世間体を気にして、見苦しい言動がとれないという強いプライドもあるもよう。
義母に任せていると、そのうち本当に義父が戻ってきてしまうのではないかという恐怖心にかられ、私は一人病院へ行くことにした。
先生とソーシャルワーカーさんに会い、どうしても義父を自宅には戻せないと訴える。
今までの数々の出来事を話し、何とかしてほしいと懇願する。
二人は困った顔をして

「他の病院を探して頂くしかないのが現状です。こちらも今すぐに病院を出しますという事を言っているわけじゃないのです。ただ強制入院という形では3ヵ月しか置けないですし、他にも同じように助けを必要としていらっしゃるご家族の方がいらっしゃいます。その為にアルコール依存症以外の症状がある方にベットを確保しておくわけにはいかないのです。わかって頂けますか?」


・・・・・・・。

同じように苦しんで助けを必要としている家族がいる

そう言われてしまっては何も言えない・・・。
私も同じように必死だったから。
今だって必死だけど、恐怖に今この瞬間も晒されている人に比べたら・・・

まだ時間の猶予はある。
他の病院を探さなければ。
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# by al-anon | 2008-12-25 13:03 | 病院

隠れていた問題

更新をせずまま、現在は2011年1月21日です。

今までは、義父が暴れるたびに更新してきたブログ。
現実逃避して妻子、祖母、母を守る事を放棄し、耳をふさぐことに慣れてしまった夫を変えることもできず、そして義父が暴れている状況を止めることができない罪悪感から逃れる唯一の行動として、記録を残しておくことが大事だと思ったからです。
義父が入院することによって、恐怖に怯える夜はとりあえず終わりました。
なのでブログを更新する原動力?がなくなってしまった・・・というのが正直なところです。
けれど、何年も更新しないブログに訪問して下さる方がいること、そしてその方々がまだ苦しい状況下にいらっしゃることも少なくなく、そんな方々のお役に少しでもたてるならと思い、義父が入院した後の事を時間をさかのぼって更新したいと思います。

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義父が入院した。
強制入院という形でもなんでもとりあえず預かってもらえる場所を確保してほっとした。
翌日の夜、義母と共に病院へ必要なものを預けに行った。
その時、ソーシャルワーカーの方と担当の女医さんが立ち会い、色々話をした。

「なぜ、息子(夫)さんはいらっしゃらないのですか?」

という質問を受ける。
入院時にもいらっしゃいませんでしたよね?と。
仕事が忙しいので・・・と答えると

「もしかしたら、息子さんはカウンセリングが必要かもしれませんね。
お母様もそうですが、長年、強い力で抑え込まれて生活をしてきた人は
その環境下において自分を正当化するために
普通の人とは違う観念を持ち、それが正しいと思ってしまいます。
また、お酒を飲んで暴れるお父様を見て育った場合、
その人・・・自分を押さえつける人がいなくなると、
自分が同じようにお酒を飲んで暴れる人というのは多いので。
そういうご心配はありませんか?」

多分、大丈夫だと思います。夫はおとなしい人ですし、
どちらかというと夫婦の力関係は私の方が強いので。

と言うと

「ご主人をあまり押さえつけないで下さい。言いたいことを言わせてあげて下さい。
ご主人は長い間自分の意見が通らないのが普通だと思って過ごして来ていらっしゃいます。
それは決して健康的ではありません。
その結果自分の意見をもって行動するということが欠けてしまいがちです。
これを機会に改善されるのがいいのではないかと思います。」

確かに、夫・・・そして義母に共通する部分ではある。
常識というものが通用しない義父と長らく生活する中で
色んなことを最初から諦めてしまい、自分の意見が通らないのが普通だと思っている。
その為、何か自分で決めるという事が出来ず、時間がたてばなんとかなるんじゃないか?みたいな他力本願、依存が強くなっている。
何か物事が起きた時、自分で決め、その言動に責任を持って行動するという解決能力が著しく乏しい。

今まで、義父の事を中心に回っていた家族。
義父がいなくなったことで、隠れていた問題が浮上してくる。
もともとあった問題なのだけど
後回しになってきたこと。
酒害家族は多問題家族と言われているが
本当にその通りだとしみじみと感じた。

義母と夫が本来の自分を取り戻し、普通の価値観を持って生きられるまでには
まだまだ時間が必要な気がした。
私が義父によって抱えたトラウマよりももっともっと奥深いもの・・・

義父がなんて罪深い人なんだろう。
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# by al-anon | 2008-12-21 11:45 | 酒害の数々

入院まで

いよいよ診察で呼ばれ一室へみんなで入った。

6畳ほどの部屋の中に、大きな机を境とし、女医の先生、義両親、義父の友人Aさん、私。

まずは、先生が義父へ質問をする。

先生 「なんでここへ来たか分かりますか?」

義父 「嫁さんの頭でも一回くらいげんこつしたんじゃないですか?」

先生 「なんで手を上げてしまったのですか?」

義父 「一日営業で若いやつらに頭下げて俺だってストレスたまるんですよ。家に帰ってちょっと位酒を飲みたいって思うでしょ?そうすると飲むなって言うんっすよ。」

先生 「お酒を飲ませてくれないとご家族に手をあげてしまうのですか?」

義父 「俺だって人間です!ストレスたまります!何もね、人様に迷惑かけてないじゃないっすか?
家の中でやってるだけでしょ?家族にしかしないんだからいいじゃないっすか?
家でもするなってんじゃぁ、どこでこの気持ちを発散させたらいいんですか?
何度も言うようですけど、人様にはオレァ迷惑かけてないです!家の中だけです!」

普通じゃないですよね、この時点で。
自分のことは、俺だって人間だと主張しながら、家族は人じゃないと言っている。
家族は家族と言う生き物だと思っている。
人様には迷惑をかけていないというなかに家族は入っていないのだから。

先生が何度聞きなおしても、自分が悪かったと言う言葉は出てこなかった。
その代わりに、自分は悪くないと言う自己肯定を繰り返すだけ。

その後、家族へ質問がされるのだけれど、義母は義父が怖くて、義父の前で本当の事を話せずにいる。
これではダメだと思い、先生に義父と別室で話すわけには行きませんか?と聞くと、
その方がいいのなら、義父に一時退室して頂きましょうということになった。

義父のいう営業と言うのは、配達員の助手席に乗って配達へ付いていくだけで、
営業と言う営業は全くしていないと言うこと、
事務の仕事も4年以上前から勝手に放棄し、引継ぎも何もないまま任されている状態。
夕方から飲んで、朝方まで暴れて、昼過ぎまで寝て夕方まではぼ~っと過ごし、また夕方になって酒を飲んで朝方まで暴れて・・・
そういう生活を5年ほど前に一年半位続けていた。その間、仕事もできなくなり、今に至ると説明をする。
ここ最近は、毎晩義母を殴り、時に殺してやると包丁を握り、夜は刃物を隠し持って寝室へ入っていくこともあった。
もう家族は限界だと、義父を入院させてほしいと懇願した。

先生は

「治療の必要があるので、入院して頂くことにはなると思います。
ただ入院の方法なのですが、出来れば強制入院ではなく、
ご本人の同意の上での任意入院が望ましいのですが、果たして同意されるかどうか・・・」

義父が診察室へ戻ってきて、入院の説明を聞くと、やはり納得いかないようで
先生がこのままだと強制入院ですよ?という問いかけにも答える素振りをみせない。
先生は、

「では奥様にサインして頂いて強制入院という形をとらせて頂きます。それでよろしいですか?」

それにうなずく義母に義父は今にも手を上げそうだったので
私は勝手に診察室から義母の手を引き退室する。
手を上げられてからでは遅いと思ったから。
自分の身は自分で守らなければやられるから・・・

廊下で義母と二人立ったまま診察室の様子を伺っているとかなり大きな義父の怒鳴り声がした。
それは結構長い時間続いた。
義母が、ほつりとつぶやいた。

「昨日ね、パパ(義父)のお姉さん(私が警察を呼ぶ前に助けを求めて電話したのに来てくれなかった人)から電話がかかってきて、
『夜中に何度も警察呼んで大騒ぎしてなにしてるの!あなたはまるでこの現状を楽しんでいるようにしか見えない!』
って言われたのよ・・・」

私はものすごく腹が立った。
高見の見物で、いざとなれば来てもくれないくせに、何を言ってるんだと。
弟に同情するいい姉になるのはいいけど、実害にあっている私達の気持ちをそんな風に言われたくない。
誰が楽しんで暴力をうけますか?誰が楽しんで深夜に警察呼びますか?
それほど切羽詰っていたと言うことも理解できない人に、文句を言われる筋合いはありません。
私は、義母にそんなことは気にする必要は全くないと、
このことについて言われるのなら私も一緒だし、
義父の件で義母を責める人を私は許さないし、守ってあげる。

また、娘(夫の姉)の言葉と言うのはとても義母を励ますようで、
昨晩、私も状況を説明に姉のところへ電話をかけると、
姉ももうこれ以上家の中で同じことが繰り返されないよう、
母に気をしっかり持って、父を病院へ入れるという気持ちをぶれさせないように、
病院では本当の事を話せるようにと伝えますと言ってくれていたとおり、
義母は娘の言葉を反芻しながら、

「だから、これでいいのよね・・・」

と、とても不安そうだった・・・
これも共依存のひとつなのだろうか?
自分の判断だけでは不安で、また義父と離れて暮らすと言う決断をする事に不安を覚える。
普通だったらこれまでの暴力暴言の数々を考えれば、迷う余地などないと思うだけど・・・
今まで自分では何一つ決めることが許されなかった義母。
その義母がはじめて自分の意思を通すのが今回の入院と言うのはなんとも悲しいことだ。
それをするのは、義母にとって私が想像する以上に高いハードルなんだろう・・・

姉の言葉ほど、義母の胸に私の言葉が届かなくとも
この不幸な女性を私は出来る限り支えて、ささやかでも自分の時間を取り戻し楽しんでほしいと思った。
その為にも、義父の入院は大きな大きな一歩だ。

その数分後、診察室のドアが開き、義父は病院のスタッフに囲まれるように病棟内へ消えていった。
私達を睨み付けながら・・・

再度、先生に呼ばれ、私と義母、Aさんの三人で診察室へ入る。
先生は義父に何度かサインしてくれるように頼んだみたいだけど、結局義父は入院に自ら賛成して入ることは出来なかったようだ。
結果、義母が引受人となり、強制入院の手続きをした。
一通りの手続きを終えて、病院を出たのは15時半。
10時半に病院へ着いたので5時間病院にいたことになる。
もっともっと長い時間が過ぎているような気がした。

けれど、ようやく入院させることが出来た。
本当に入院させられるかかなり不安だったけれど、どうにか入院させられた。
これから義父のいない日を過ごすことが出来る。
大きな音を立てて閉められるドアの音、物が壊れる音、大きな声・・・
そういうものに耳を澄ましてまた義父が・・・?と思わなくて済む日々。
恐怖に脅えないで済む毎日・・・
それがどんなものだったのか思い出すのが難しいくらい、
私達の心には大きな大きな傷が残った。

入院に限りがあったとしても、束の間の安息だったとしてもないよりはいい。
この間に家族が少しでも心の健康を取り戻し、本来人としての善悪をはっきりともてるようになったらしい。
耐えることしかできないのではなく、見てみない振りでその場をやりすごすのではなく
悪い事は悪いとしっかりいえる健康な家族になれたら・・・
そしてそれを義父にもはっきり言えるようにまで強くなれたら・・・

まだまだ先は見えないけれど、とりあえず今出来ることはすべてやったと思うし
結果も出せたと思う。
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# by al-anon | 2008-11-17 15:52 | 病院

病院へ向かう

翌朝、息子を実家に預けたまま、一人自宅へ向かう。
車を走らせながら、昨夜電話したB病院へ再度確認の電話を入れる。

外来は何時までなのか。
状況に応じて入院も可能なのか。
初診でも受付時間に間に合えば診察してもらえるのか等。
(病院は病院でも精神科、依存症の人など専門的な病院の為慎重に聞いてみました)

後30分ほどで自宅というところで、自宅へも電話を入れる。
今日はお店を閉めて、病院へ行くのでそのつもりで準備して待っていてほしいと。

AM9時、ようやく自宅へ着いた。
着いてすぐ、電話を留守電に変え、臨時休業の案内を書いていると、義父がやってきて

「どこへ行くんですか?俺も行くんですか?」

「お義父さんにも一緒に行って頂きますよ!」

義父の友人であり、従業員でもあるAさん(警察が来た時も駆けつけてくれた義父の友人の一人)も一緒に行ってくれると言う。心強い。
Aさんは警察に教えてもらった福祉センターへ行こうと言った。
Aさんの手前、はいと返事したものの、無駄足に終わる可能性があると思ったし、
なにしろ福祉センターへ行っていたらB病院の診察時間に間に合わない。
診察してもらえないとその日の入院はかなり難しい・・・

ばたばたとしている中、福祉センターへ電話して
福祉センターへ行くのが先か、B病院へ行くのが先か、どちらがいいですか?
と聞くと、やはり急を要するのであれば病院へ行って下さいとの返答が返ってきた。
Aさんに説明すると、納得してくれてでは病院へ・・・という事になり。

B病院までは、自宅から一時間以上かかる。
その間、義父がおとなしく乗っているとは思えない。
暴れだすかもしれない、車のドアを走行中に急に開けたりするかもしれない・・・
心配は絶えず、その為、すこしでもリスクを少なくしようと
三列シートで、三列目に乗ると、ドアもないし窓もないという車に乗り込み病院を目指す。

車へおとなしく乗るのは乗ったものの、やはり途中からだんだん興奮してきて、病院目前の10分間、生きた心地がしなかった。
「俺が何悪いことしたって言うんだ!俺だって一生懸命やってきた!」
そんな主張ばかりを繰り返しながら・・・

病院へ着き、私は病院の玄関へ車を着け、一目散に受付へ走っていった。

「かなり興奮しています!家族では車から降ろせないかもしれないので手伝っていただけないでしょうか!?」
誰かに助けを求めたかった。
車での移動時間はとても恐ろしく緊迫していた。

病院の対応は、他の患者さんにも迷惑なので、ご家族が受付をして呼ばれるまでは車の中でお待ち下さいという対応だった。
とても冷たく感じたけれど、そんなことを気にしている間はなかった。
とにかく、車に乗せておくとその密室で何をするか分からないから誰かが怪我をする前にとにかく車から降ろそうと考えた。
そして待合室で暴れたら、さすがに病院側もなんとかしてくれるだろうし、自分達だけで対応しなくても済むだろう・・・なんて周りの人の迷惑を考えている余裕もなく自分勝手なことも考えた。

結局、車から義父の友人が義父を上手に降ろしてくれ診察の間は何事もなく待つ事が出来た。
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# by al-anon | 2008-11-17 09:33 | 行動

出来る限りのこと

実家に深夜到着し、明けて一日は実家で過ごしました。
警察から戻ってきた義父はさすがにおとなしいとのこと。

ただ、夕方から夫は地区の集まりがあり、近所とはいえ家を空けることになり。
私は義両親を二人だけで残しておくことが心配でたまらず、夫に早く家に戻ってくれるように数回お願いの電話を入れる。

夫も家にいたくないのは分かるけれど、この期に及んで、何故こういう行動が取れるのか私には理解できない。
どうしてもその場にいなければならないと言う会合でもないのに。
全体を見ること、そして自分はその中でどうすべきなのか、どうしなければならないのか
そういうことを考えるのがとても苦手な夫。
楽なほうに楽なほうに流されてしまう。責任を放棄できてしまう。自分には関係ないと思えてしまうのだろうか・・・?

私は実家で自分が出来ること、明日家へ戻ってしなければならないこと、そしてその覚悟を決めた。
県内の精神病院へ片っ端から電話して、空きのベットがあるかどうかを確認する。
診察を受けれたとしても、空きのベットがない病院には用がない。
私は何が何でも義父を病院へ入れようと心に誓っていた。

警察は、福祉センターへ連絡してみたらと、電話番号を置いていったようだけれど
そこへ行ったとしても、すぐに病院へ搬送してくれるとか
そういう機関ではないだろうということはなんとなく想像がついた。
結局は相談だけにとどまり、また後日・・・と言うことになるだろうと。

そんなのんびりとしていれる状況ではないし
あっちこっちと移動して色々な場所へ義父がその都度おとなしく同行してくれるとは思えない。
だからこそ、一回勝負と私は思っていた。
その為には、最初からベットに空きがあって、状況に応じてはそのまま入院が可能な病院へ直接連れて行くこと。しかもそのチャンスは一回しかない。

県内の病院へ電話を数箇所かけている中で、救急外来もしているという病院があり、そこは診察を受けて必要があればそのまま入院と言うことも可能だと言われた。
ここしかない、ここがダメだったら今後の日常生活は想像以上に困難が待っているはず・・・

その病院の電話番号を携帯に登録し、私は翌日自宅へ戻った際の段取りを考えた。

寝むろうにも興奮していてなかなか寝付けない。
入院させられなかったら、どうなるのだろう・・・
病院へ連れて行かれたというだけで、かなり義父は興奮状態になるはず。
誰一人怪我することなくその日を過ごせるだろうか・・・

不安と恐怖に押しつぶされそうになりながらも
懸命に自分を励まして夜を過ごした。
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# by al-anon | 2008-11-16 16:14 | 行動

再び警察そして救急車

息子を連れ、実家へ向かう車の中でも、残してきた義母や夫の事が気になって仕方ない。

途中で夫の携帯を鳴らしてみる。

最初の電話では、義父も落ち着いたので、とりあえず、義父の友人二人には帰宅してもらったと。
本当に大丈夫なのかな・・・?と不安に思ったけれど、夫の判断に任せるしかないと、
夫がそう判断したのなら、きっとその責任もきちんとする覚悟であるんだろうと思ったから。
夫は自分で責任を取りたくないことに関しては、自分はなるべく関与しないようにするか
自分が決定権を持たないようにする人なので、今回は大丈夫だろうと思った。

日付を越え、実家が目前というところで、再度夫に電話をしてみる。
すると、大丈夫だと言っている夫の後ろから、またも義父の怒鳴り声が聞こえた。
夫は、様子を見に行ってくると私との電話を切った。

義父は暴れだすと一人では対応できない。
きっと義母と夫二人がかりで止める事になるだろう・・・
警察を呼ぶ事も、帰ってしまった義父の友人を呼ぶ事もできず、
大きな怪我を夫や義母がする可能性もある・・・
そう思って、私は近くのコンビニへ車を止め、警察へ再度自宅へ向かってくれるよう要請した。
またも近所の駐在所は二箇所とも電話に出ず、20キロ離れた場所の警察へ電話は転送された。
警察がつくまでには時間がかかる。
その間に何かあっても困ると思い、深夜の電話に申し訳ないと思いながらも
義父の友人二人へも連絡を入れ、自宅へ行ってもらえるようお願いをした。

そんなやり取りを車の中でし、コンビニへ寄って行こうと息子と共に車を降りるも
息子は店内へ入っても白い顔をして佇んでいるだけ。

「どうしたの?」

と聞くと、

「また気持ち悪くなっちゃった・・・」

大丈夫、大丈夫・・・そうそっと背中をさすってあげた。
明るいコンビニの店内へ入り、すこし気持ちが落ち着いてきたのか
息子は深呼吸をすると

「もう大丈夫。」

そう、私に力のない、けれどその時では精一杯であろう笑顔を向けた。
私に心配させないようにって気持ちが痛いほど伝わってきた。



義父が憎い。
こんな思いをなぜ息子が、私達がしなくちゃいけないんだろう・・・
切なくて悔しくて涙がこぼれる。
こんなに人を苦しめて傷つける、あの人(義父)に人権があると言うことが悔しい。
人としての常識の中で生きれない人に、なぜ人としての尊厳を与えなければならないんだろう・・・

実家へ着いて、夫に再度電話してみる。
すでに警察も義父の友人も自宅へ着いているとの事だった。

結局義父は友人達と話し合い、これからはしっかりとしていくという約束の下
乾杯・・・ようはお酒を飲んだと言うのだ。
何故、義父の友人達は義父にお酒を飲ませたのだろう?
理解できない。
いい人でいたいのは分かるけれど、今まで何度も同じようにお酒を飲ませて
いい結果になった事などないというのに・・・
友情というものを自分達の中で美化することに自己満足しているだけで
本来どうすべきなのかと言うことを後回しにして、
現実を楽観視、もしくは多分大丈夫・・・などと言うあいまいな賭けを
人の家族をもってして、しているとしか思えなかった。

お酒が入った義父は、ますます手がつけられず、
お風呂へ入るも、下着やパジャマの用意ができていないと
激しく義母を怒鳴りつけ暴れ始めたと・・・

ようは、怒り出す原因なんてなんだっていいわけだ。

そこへ夫が止めに入り、

「何やってるんだ!いい加減にしろ!!」

と、かなり激しく義父を怒鳴り、
それに腹を立てて向かってくる義父を押さえつけているところへ
警察や義父の友人達が到着。

警察官が義父と話しても、義父は完全におかしくなっていて
警察官をも怒鳴り、支離滅裂なことを繰り返し、
その後来た救急車の救急隊にも

「なんだぁ~・・・てめぇら。何しにきやがった。帰れ!」

とくってかかる始末。
とても家において置けないと判断され、救急隊の人達が搬送先を探し始めた。
けれど、土曜から日曜にかかる深夜。どこも受け入れてくれるところが見つからない。
結局、後日、外来を受けてくれと言い残し、
救急車は二時間あまり受け入れ先を探すも見つけられずに帰っていく。

仕方なく、警察が保護すると言うことで、義父は警察へ一晩泊まるわけだが
警察へいっても異常行動は収まらず、宿直の警官を寝かせず、ずっと自己主張をくりかえしていたそう。
その自己主張さえ、数分前に言っていたことと、その後に言っていることが全く違っていたり
警官相手に怒ったり、しゅんとしてみせたり、とにかく落ち着かなかったようで
翌朝の5時には、もう迎えに来てくれと警察から連絡があるほどだった。

警察は、事件にならないと動いてはくれない。
もし、家の中で暴れて物を壊したりしたら、それは片付けず、そのままの状態を見せたほうがいいし、証拠写真は撮っておいたほうがいい。
暴力を振るわれたら、その箇所の写真、日付等、残しておけるものはすべて残しておきましょう。

アルコール依存症だけでは、家族のもとへ返されてしまう可能性がある。
その次に出来ることはDV法の適用です。
その為には、証拠写真、怪我をして診察した際には、その診断書(もちろん、怪我を負わされた事情はじっかり説明するべき)を用意しておく必要があります。
いざとなってからあの時こうしていれば・・・
では遅いことがたくさんあると言うことを知りました。
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# by al-anon | 2008-11-16 02:32 | 酒害の数々

母としての選択

義父の友人が二人駆けつけてくれた事もあり、警察は帰っていった。
今晩は、そのうちの一人が泊まってくれると言うので、私は息子を連れて今夜は実家へ戻る事にした。
自分だけが実家へ戻っていいのか・・・?安全な場所へ逃げていいのか?
という気持ちももちろんあったけれど、かといって義母や夫のために幼い息子を恐怖に脅えさえ耐えさせる事は正義なのか?
何が正しくて、何が正しくなくて、何をどうしたら人でなしでなくてすむんだろう・・・

私は母としての自分を取った。
今まで、家全体の事を考えて、私は息子にたくさん我慢をさせてきた。
何年も何年も恐怖の中、幼い息子に生活を強いてきた。
それが正しいと、そうしか出来ないと、そうすべきなんだと思ってきた。
みんながみんな我慢しているのだから・・・

でも、それは結局正しかったのだろうか?
母として、私は正しかったのだろうか?
そんな葛藤もあったけれど、友達の家へ息子を迎えに行くと友達に

「かなりショックうけてるみたいだよ・・・言葉数も少なかったし、食欲もなかったし・・・
吐き気がするって言ってて。本人は自覚ないみたいだけど、極度の緊張から来る吐き気だと思う・・・」

その言葉を聞いて、私は息子に本当に申し訳ないと思った。
落ち着けない家で、ずっと生活を強いてきて・・・
いつかは穏やかに過ごせる日がくるんじゃないかって思ってきたけど
結局最後は警察まで呼ぶようなことになって・・・
緊張から吐き気がするなんて体のしくみを知らない年齢の子に、
言葉で説明する前に、体験させてしまうなんて。

少し前まで悩んでいた事がふっきれた思いがした。
私は誰である前に、この子の母親としての責任を負う事を選ぼうって。
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# by al-anon | 2008-11-15 22:26 | 酒害の数々

警察を呼ぶまで

義父は、夕方事務所で仕事をしていた母に

「酒を飲ませろ」

と要求。
義母がダメだと言うと椅子に座っていた義母の両脛を蹴り、そのあまりに勢いに母は椅子から滑り落ち、脛を抱えてうずくまっていた。
隣の部屋で仕事をしていた私は、義母の悲鳴とそれに続く泣き声で気づき、部屋を出てみると事務所から出て行く義父の後姿が見えた。
泣いている義母に事情を聞き、私は我慢できず義父を追って事務所を出ようとした。
すると義母は

「話を大きくしないで。明日私は出かけなくちゃいけないのだから・・・」

義母は翌日、中学校の同窓会で泊まりに行く予定になっていた。
我侭な義父のせいでほとんど自分の自由がない義母が今回の同窓会をとても楽しみにしていた事はよく知っていた。
なので一度は思いとどまって仕事に戻る。
その間10分あるかないか。

義父は再び事務所に戻ってきて

「なんで酒を飲んじゃダメだって言うんだ!あんた何様だ!あんたに許可されなくちゃ俺は酒も飲めないのか!」

と義母に大声を上げ始めた。
私は我慢できず、義父の目に前に立ちはだかり

「いい加減にして下さい!なんでお酒飲んじゃダメなのか自分で分からないんですか?こうやって暴れるからでしょ?今までどれだけ家族に迷惑をかけてきたと思っているんですか!?」

義父は嫁の私に怒鳴られ、ワナワナと震え目を吊り上げ

「なにぃ~!テメエ!このやろう!!」

と向かってきた。
何故か怖いと思わなかった。恐怖よりも怒りが上回っていた。
もうどうなってもいいと思っていた。義父に対する我慢はとうに限界を超えていた。
何がどう自分を奮い立たせていたのかわからないけれど、目の前の義父が憎くてたまらなかった。

私に手を上げようとしたので、

「殴るなら殴ればいいでしょ!警察呼んでやる!」

義父はなんだかんだと私に迫り大声で怒鳴り散らしてはいるものの
結局は私に手を上げる事は出来ず、今度は車に乗ろうとする。
義母はそれを止めようとするが、私はそんな義母を静止した。

「好きなようにさせればいいんですよ!勝手に事故るなら事故ればいいし、どこかへ行って自殺するっていうなら勝手にすればいい!」

そんな私の言葉に

「もう戻ってきませんっ!」

と言う義父。

「あぁもう二度と戻ってくるな!!」

と私も普段使わないような男言葉が飛び出した。

義母の肩を抱いて事務所に入ろうとすると、義父は車から降りてまたも私達を追ってくる。
さっさとどこでも行けばいいのに・・・
言うだけ言って、いざとなると何も出来ない義父らしい行動のひとつ。

またも事務所の中で自分勝手な持論を大声でどなりちらし、そのうち何か周りをきょろきょろと見回し、探し始める。
それはまさに凶器を探している素振り。
事務所にあるお勝手に入ろうとする義父を見て義母が

「止めて~!」

と叫んだ。
私はとっさに義父の両肩を後ろから抑えた。
その拍子に義父はフラフラ~と後ろへのけぞり倒れこんだ。
その義父の両腕を取り、お勝手から少しでも遠ざけようと私は義父を引きずり出した。
義父もすごい力で私の両腕を振り切る。

そして、立ち上がったと思ったら、また大声で怒鳴りながら、一度自宅の方へ歩き始めた。
その間に私は少し離れた場所で仕事をしていた夫を呼びに言った。
本当はもっと早くに夫に助けを求めたかったけれど、私か義母、どちらか一人になったら、残された一人がやられる・・・そんな緊迫した状況だった。
それだけ義父の様子は異常だった。

普段は義父のことに対して自分は極力関わりたくない・・・
そんな態度を示す夫だったが、私の切羽詰った状況説明にさすがに事務所へ様子を見に来た。
私と夫が事務所へ戻った時、義父は再び事務所へ戻っており義母に対して大声を上げていた。
そこへ夫がものすごい剣幕で

「何してるんだ~!!」

と怒鳴り込んでいった。
私はその隙に近所に住む義父の姉の家へ助けを求めた。
義父が暴れているので来てほしいと・・・
すると義父の姉は電話にさえ出てくれず、怖くて行けないと言っていると
義父の姉の夫に断られた。

あぁ、親戚にも見捨てられたんだ・・・
自分達でどうにかするしかないんだ・・・

私は警察へ電話する事にした。
もう、私達家族だけでは、どうすることも出来ないほど、義父は異様さを発していた。
目の焦点はあっていないような黒目がちな目をして、白目は充血し、言っている事はまったく辻褄が合わないことばかり、その上暴力的で、その暴力は突発的に人を殺してさえしまうんじゃないかと思わせるものだった。

近所の駐在所に電話をかけても二箇所とも不在。
結局20キロも離れているところの警察に転送され、そこから警察官が来ることになった。
20分待っても30分待っても来ない警察。
その間に義父が何をするか気が気でない・・・
再三にわたって警察へ催促の電話をかける。
緊急を要するので、サイレンを鳴らしてきてもらってかまわないから急いで来てほしいと・・・

40分が経とうと言うころ、ようやくパトカーが到着した。
私は警察官とともに自宅へ入る。息子が一人で子供部屋にいたからだ。
息子には義父が暴れたら巻き込まれないように、様子を見にきたりしないで
自分の部屋へ逃げるようにと何年も前から言っていた。
息子は今回もそれを守り自室に非難していた。
ただ、息子の部屋は二階にあり、義父の部屋の前の階段を上らないといけない場所にある。
その時点で義父は自分の部屋へ篭城。
鍵を閉めて警察官の呼びかけにも出てこようとしない。
警察官にわけを話し、息子を連れてくるまで義父を部屋から出さないように頼む。

二階にあがると、緊張して蒼白な顔をした息子がヘッドホンをつけてテレビを観ていた。
いろんな人の怒鳴り声がして、パトカーまでも来て、さぞかし息子は不安で心細かった事だろう・・・
可哀想で涙が出た。
とにかく急いで部屋を出るように言い、息子の手を引いて自宅を出る。
息子を一時預かってくれるように近所の友達の家へ頼んであったので、
息子を連れて行こうとしたら、夕方のパトカーの音に近所の人達が様子を見に集まってきていて、
その中に友達の親を見つけ、その人にわけを話し、息子を連れて行ってもらった。

篭城していた義父はその後、警察官の呼びかけに応じて部屋を出てきた。
私達の事情徴収をする警察官と、義父に事情徴収する警察官と別々の人が立ちあった。
交互に事情徴収を受け、とにかく義父を一晩でも警察で預かってほしいと私は懇願した。
こういうふうに物事が大きくなって、義父も今夜は興奮しているだろうし、
警察の人が帰ったら家族に義父の怒りは絶対に向けられるはず。
怪我人が出るか死人が出ます。
実際に義父は今まで何度も何度も家族に手を上げてきた。
そして一度も自分が悪かったと謝ったことはない。
13針頭を縫うような暴力を振るった時も、救急車は呼ばせてもらえなかったし
深夜の診察をうけて戻ってきた私達に向かって

「こうなったのは、俺を怒らせたお前達が悪い!」

と言うような人だと。
このまま自宅においておくと、何をするか分からない、怖くて堪らない・・・

けれど、どんなに訴えても、警察官は

「今は落ち着いているので、落ち着いている人を連れて行くことはできません
また暴れたらすぐに来ますので・・・」

夫に対しては

「お父さんがこうなったら、息子であるあなたがしっかりしてお母さんや妻子を守らなくちゃいかんでしょう?自分の保身ばかり考えてちゃだめだ。もう40歳も過ぎたいい大人なんだからしっかりして下さい。俺からのお願いだ。」

とお願いされる場面も・・・
私が余りに必死だったので、私が実の娘で、夫はお婿さんか、お勤め人で家にいない人なのかと勘違いされていた。
義父のことになると現実を直視できなくなってしまう夫が、これを機に変わってくれるといいなと思った。
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# by al-anon | 2008-11-15 20:03 | 酒害の数々